魔女の宅急便のキキ初潮シーンとは?飛べない理由の真相も

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一人前の魔女を目指す少女が、親元を離れ、修行をしていく過程で、様々な出会いや経験を経て成長していく姿が描かれた、スタジオジブリ作品の国民的アニメ「魔女の宅急便」

その一つ一つのシーンを記憶している方もたくさんいらっしゃると思います。

その中の記憶に残る名シーンの一つに…

新生活の魔女の修行の場として選んだ街「コリコ」で、おソノさんとその旦那さんが営む、居候先のパン屋「グーチョキパン」で働くことになった主人公キキ。

そこで空を飛べる魔女の特技を活かして「魔女の宅急便」を開業し、見知らぬ街で奮闘するキキでしたが、ある日突然、空を飛べなくなり、生まれた頃から一緒にいる相棒の黒猫ジジとも会話ができなくなってしまうというシーンがあります。

劇中では「魔法が弱くなってる」と呟き、焦るキキの様子が描かれていましたが、一体この原因は何なのでしょうか?

ネットでは様々な理由が噂されていますね。

今回は、そのキキが飛べなくなった理由を考察し、ご紹介したいと思います。

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魔女の宅急便のキキが飛べなくなった理由

恋愛説

キキが飛べなくなった理由を視聴者の皆さんは、色々な推測をされていました。
その中でも有力だったのが、「トンボに恋をしたため」でした。

魔女の宅急便には原作があり、角野栄子原作の児童文学「魔女の宅急便」でも同じようにキキの魔法の力が弱まって、ジジとも話せなくなってしまう場面があります。

この原作内では「恋」が理由として描かれていました。

母親のコキリさんが人間のお父さんと出会い、恋に落ちて魔法を一つ忘れてしまうという描写もあります。

ジジと会話ができなくなった理由も、キキがトンボと仲良くなっただけでなく、ジジも近所の白猫リリーと恋仲になったことが恋愛説の根拠として挙げられていました。

恋愛説が有力なのはこのように原作準拠の考え方に基づいているからですね。

実際、映画内でも、トンボとの接し方でキキの不安定な様子が描かれています。

キキの初潮説

冒頭でご説明した「魔法が弱くなってる」とキキが呟いたシーンで、彼女が自分の下腹部を押さえているような場面があります。

この場面がキキが初潮を迎えたのではないかと考えられているシーンです。

そして、キキが飛べなくなった理由として、キキが初潮を迎えた説も有力視されているのです。

その根拠として、宮崎駿監督の次のコメントが挙げられます。

この作品では「魔法」というものを、従来の魔法の伝統とかを全て切り離して、キキの持っている、ある種の才能であると限定して考えました。

そのため、時には飛べなくなることがあるんです。

飛べなくなったのはトンボと喧嘩したからだとか、説明すれば問題が明確になるとか言えば、そうはならないと思うんです。

むしろ、映画の中の表現の方が女の子に納得してもらえると考えたんです。

僕たちにも、昨日まで描けていたものが突然、今日描けなくなることがよくあります。

どうしていままで描けていたのか忘れてしまうんです。

それがどうしてなのか解りませんよね

コメントの中で、飛べなくなった理由として、トンボとのことだとは明言できないことや、映画の中の表現の方が女の子に納得してもらえると思ったということを述べられています。

つまり、原作とは違う表現にしたかったことや、視聴者の想像に委ねるといった含みのある言い方をされています。

このことから、女の子ならわかるという解釈で、キキの初潮説が浮上したようです。

劇中のキキは13歳で、初潮を迎えてもおかしくない年齢です。

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まとめ

宮崎駿監督は、キキがジジと話せなくなってしまった変化についてもジジが話さなくなったのではなく、変わったのはキキ自身であることをコメントされています。

ジジの声はもともとキキ自身の声で、キキが成長したためにジジの声が必要なくなったということです。

実際、劇中でジジはキキ以外とは話していません。

13歳の女の子が、独り立ちを目指し見知らぬ街で、新生活を始めるのに話し相手として心の支えになっていたのがジジだったということでしょうか。

そして、色々な出会いや経験を経て、精神的にも、身体的(初潮)にも成長して少女から大人へと変化しつつある状況を表現したかったのが、今回の飛べなくなったシーンということになります。

監督のコメントからそんなメッセージを感じ取れました。

都会のおしゃれな服で着飾った同世代の女の子たちを見て、自信を失ったり、好きな男の子が気になって嫉妬して本心とは違う態度をとってしまったりと、思春期の女の子特有の成長過程が物語で描かれています。

クライマックスでは、大好きなトンボを救うために無我夢中になりホウキではなく、そばにあったデッキブラシで再び飛んで救出に向かいます。

そして、エンディングではそのデッキブラシを気に入ったかのように乗り続けている姿が描かれています。

このことから、思春期に新生活を始めて、精神的にも肉体的にも不安定になり、自信と共に力も失ったキキが、トンボを救った一件から、街全体で認められ、自信を取り戻したことによって力も同時に取り戻したことが分かりますね。

魔女として当たり前のホウキではなく、自分らしさの個性としてデッキブラシを使い続けている点も、今回考察したシーンとつながっている場面だと考えられます。

宮崎駿監督も、明言を避けて視聴者に判断を委ねるようなコメントをしていらっしゃいます。

ですので、答えはないかもしれませんが、名作映画を自分なりの考察を交えて鑑賞してみるのもいいと思います。

気になった方は是非、今回の話題となったシーンを注目してみてください。



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